この冬は縦に長い日之本を二分して、
片やは暖冬、片やは例年どおりの厳冬であるようで。
北や東は冬将軍の最後の追い込みというこの時期、
やはり今年も結構な冷え込みようだという知らせが届くのに。
「こちらではあんまり雪が降りませんね。」
「日本海側は例年並だそうだがの。」
大体、冬将軍という言いようはまだ無いだろうにの。
そうですね、
今のところお侍様と言えば“検非違使”の手先どまりですものね。
……などなどと、
さりげなく筆者の筆のすべりの揚げ足を取ってくださる、
意地悪なところも相変わらずの。
都の場末のお屋敷にお住まいな、
宿世随一、名だたる凄腕陰陽師の主従のお二人だったりし。
「おお、とうとうお前まで意地悪な陰陽師の仲間入りだそうだぞ。」
「え〜〜〜っ、そんなぁ〜〜っ。」
さりげなくお師匠様の尻馬に乗ってたりするからだよ〜ん、なんて。
あんまりな言い方をすると、おっかない憑神様が出て来かねませんので、
筆者の出しゃばりもこのくらいにするとして。(苦笑)
新年早々の地方国司らの人事異動である除目も落ち着き、
暦の上というだけではなくの、春も間近になって来やれば、
宮中に於いては神祗官としてのお役目の、
豊饒を祈るご祈祷だ何だが、そろそろあれこれと始まる頃合い。
「祈念祭とか、あとは…そうそう初午とかですね。」
お館様が網の上で長箸を操り、おやつを炙ってなさる炭櫃の傍らにて。
まだまだ小さなお手々の指を折り折り、
行事を数える書生くんのお膝に ちょこりと凭れて。
囲炉裏の放つ炭火の暖かさに目許をとろとろ緩めてた、
小さな家人が“うやや?”とお顔を上げて来て、
「はちゅーま?」
まだまだ回らぬ舌が紡いだ言いようへ、
「はつうま。くうちゃんにも関係ある行事のことだよ?」
このシリーズでも何度か取り上げて来ましたが、
昔々、とある帝の夢枕に立った神様がいて、
ありがたいお告げを下さった。
その御神を祭った社が、京都は伏見の稲荷様。
始まりは稲の神様、農作の神様だったけれど、
広く伝わるそのうちに、山の神様になったり海の神様になったり。
時代が下がると商売の神様になったり、
挙句にはお武家の屋敷にも“土地神様”として祠を作って祀られたり。
歴史が途轍もなく古いだけ、そうまで裾野が広がってしまったのでしょうね。
稲荷がキツネなんじゃあなく、
稲荷神のお使いがキツネとされているのだが、
それについても諸説紛々。
習合の途中で、仏教の田畑の神様と混ざってしまい、
その神様がキツネを連れていたので…というのが最も有効な説だそうだけれど、
「そういえば、一昨年の初午に くうの身元が知れたのだったの。」
この館に馴染みの深い、蟲妖の総帥殿が連れて来た仔ギツネの妖異。
まだまだ幼いというに人の和子へと変化(へんげ)出来る素養は大したもので、
ふくふくと愛らしい姿は、幸いの象徴のように、
周囲に集う人や妖らをほのぼのと暖めてもくれたけれど。
そんな彼自身が、実は大変な生い立ちをしていた身であり、
母を亡きものとした追っ手から、
今度は彼のその身も狙われていることへ、
薄々気づいた こちらのうら若き陰陽師。
素早く周到な手を打って、事なきを得たのがそういえば一昨年の今時分。
“よもや“天狐”の仔であろうとはの。”
神様のお使いらを束ねる、その総代の、
紛れもない世継ぎにあたる和子様なのだということ告げに。
現在の惣領様がわざわざ天くだり来たまいて下さったほどもの大ごとも、
この館に於いてはさして畏れ多いことにはならないようで。
「おら、焼けたぞ。」
「あいvv」
くりんと手慣れた箸さばきで返された小アジの干物。
食べ頃だぞと皿に取られたのを、
今度は瀬那くんがお膝に乗っけ、
熱い熱いと格闘しもって、食べやすい大きさに裂いてゆく。
いい脂が乗っていての、指先が光るのを、
美味しそう…と眺めやってた くうちゃんだったが、
「せ〜なvv」
「はいはいvv」
待ち切れないか、ぺろりん・ちゅくちゅくと、
お兄さんのお指をお口に持って来、舐める姿は、
当時とあんまり変わっちゃあないのだけれど。
「それでも、色々と出来るようになったことも増えましたよね?」
唱えることの出来る咒も増えたし、
算数もおはじきも、お習字もお手玉も、
その頃に比べたらずんとお上手になりましたしと。
ちょっぴり冷めて来た干物を、
片手で丁度いい大きさに裂くと、
ほらあ〜んとお口へ持ってってやれば。
「わーvv」
途端にお兄さんのお指を解放し、
柔らかくって香ばしい、咬むごとに旨みが滲み出すアジの方、
あぐあぐとお口に頬張る仔ギツネさんの現金なこと。
「お勉強とおはじきが一緒くたなのは、いかにも此処らしい色合いだの。」
「いいじゃねぇか、実用的で。」
美味しいかい?と、
真ん丸な頭、よしよしと撫でてやってるセナくんの向背から、
御簾を掻き上げ現れたのが、
そんなおチビさんをこの屋敷に連れて来た格好の大妖様で。
漆黒の狩衣をまとった強靭な肢体も精悍な、
いかにも頼もしい男衆の出現へ、
「あやや…。///////」
お邪魔だろうかとまずは居住まい正した書生くんへ、
気は遣うなとの会釈を投げてから、空いていた縁へと座を占めると、
そこからだとお隣りにあたる、お館様の手元を眺める。
細くて長い箸の先にて、
餅に干しいも、細い箸にてくるくると返す、
何とも器用な手捌きだけれども、
「熱いんじゃねぇのか?」
貸してみと、延ばされた大きな手へ、
ほんの一瞬、目元を尖らせてのムッとしつつ、
それでも…素直に箸を渡した蛭魔であり。
“……あ、そうか。////////”
炭の火は、見た目は穏やかだが
これだけのものへ短い時間で火を通すほどの威力がある。
それへと かざされ通しになるので、
箸を使う者は相当な熱い想いもする訳で。
そんな当たり前のことに気づかせもしない、平然としていた蛭魔から、
あっさりと箸を渡させた葉柱なのへは。
目端が利くこととそれから、他の要素の暖かさまで、
お裾分けしてもらったような気分となったセナだったりし。
そんなことへと気を取られてる書生くんだと気づきもしないで、
「確かになぁ。
去年はまだまだおっかなびっくりだった前回りも、
今じゃああっさり出来るようになったし。」
あぎあぎと ちょっと堅いところを奥歯で咬みほぐしてたくうちゃんへ、
ほれほれ鼻の頭にススがついとると、手ぬぐい延ばすお館様で。
そういや そういう騒ぎもありましたな。(『ころりん・ころん』参照・苦笑)
「前まーり? うっ、出来りゅvv」
見た目はあまり変わらぬが、少しずつ育ってはいる仔ギツネさん。
今年の冬は、セナくんに教わって、
何と何とあやとりまで出来るよになった。
「雪割草の匂いも嗅ぎ分けられるようになったらしいし、
何があった誰彼と会ったなどなどと、順序だてて話すのも上手になったし。」
好奇心も旺盛で、
確実に昨日より今日、今日より明日と、
どんどん大きくなってく坊や。
セナくんの成長ぶりもなかなかのものだが、
こうまで目に見えての育ちようには敵いっこなくて。
「…そのうち、兄弟弟子の順番が入れ替わるかもしらねぇぞ?」
「あやや、それは困ります。///////」
どこまで冗談噺なやら。
本当にくうちゃんの方を一番弟子だと据え変えかねない蛭魔だくらいは思うのか、
引きつったような笑い方をしたセナくんだったのだけれど、
「??? くう、お兄ちゃん?」
「あ、うん。いっぱいいっぱい、色んなこと出来るようになったでしょ?」
くるくるとした潤みの強い、大きな眸がぱちくり瞬いて。
当事者さんの無邪気なお顔に、ほんの間近から見上げられると。
無下な物言いも出来やしないと、
そんな弱腰なのが一番の問題な、やさしい兄弟子さんが応じてやれば、
「色んなこと?」
「そう。例えば絵の少ないご本も読めるようになったし、
アジとメヒカリの焼いた匂いの違いも判るようになったし。」
何なんでしょうが、後半のは。(笑)
次のアジさんをお口まで運んでもらった小さなくうちゃん。
わーいvvとぱっかりお口を開いて、
潮の風味がいい塩梅の、
ちょっと大きめ、背中の真ん中だったところをはぐはぐ食べつつ、
この世の天国というよなお顔になってから、
「んとね、によいはいっぱい、くう判りるよ?」
焼いたお魚、甘ぁい鷄そぼろに、あけびも甘くて美味しーのvv
今のところは食い気が優先か、
無邪気にもそうと並べてのそれから、
「おやかま様に、
おとと様のしゅごいニコニコのときのによい、
ついてるのも判りるもの。」
…………………………… はい?
ニコニコの時というのは機嫌のいい時ということか。
好き好きという情がこれでもかと発散されてる時の匂いが、
蛭魔についてることがあると言いたい坊やであるらしく。
「……あ、や、あの、////////」
ボク、これからお部屋で写本のおべんきょしてきますね、と。
おやつに炙っていただいたお餅とくうちゃん小脇に抱え、
広間から脱兎のごとく逃げ出したセナくんだったのは言うまでもなくて。
無邪気なくうちゃん本人だけが、
「????」
何が何やら、判ってなかったようでございます。
いやぁ、春も間近い今日このごろですからvv
〜書き逃げ・どっとはらい(こらこら)〜 09.02.11.
*この後、そういえばこんなことがあったのと、
おやかま様もおとと様も真っ赤っ赤になってねと、
冬眠から明けた誰かさんに、いらんこと話してたらもっと笑えます。
めーるふぉーむvv 

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